仏教の「三毒」を手放しましょう。

スローライフ

仏教の「三毒」とは、「仏教において克服すべきものとされる最も根本的な3つの煩悩」のことです。

私たちの煩悩を「毒に例えたもの」ということですね。

今回は、仏教の「三毒」について説明していこうと思います。

仏教の「三毒」

貪(とん)

貪(とん)は,貪欲(どんよく)ともいい,むさぼり,必要以上に求める心のことをいいます。

一般的には、「欲しいものなどに対して、執着する心のこと」を示しますね。

良い生活を送りたい、良いものを食べたい…などなど、欲するものに対して執着をする気持ちをもつと、それが手に入らないときに苦しいと感じるということです。

あらゆるものに執着するという煩悩をもっているから、私たちは人生を苦しいものだと思うのかもしれませんね。

瞋(じん)

瞋(じん)は,瞋恚(しんい)ともいい,怒り,憎しみ,妬みの心のことをいいます。

一般的には、「怒ることとか、腹を立てること」を示しますね。

私たちは、他の人と関わらずに生きていくことができません。

そのため、自分で理解できないような怒りを感じたり、腹が立ったりする人間と遭遇することは避けられないとは思います。

そんなときでも、腹を立てずにいることが大切なんだよと、お釈迦さまは仰っています。

痴(ち)

痴(ち)は,愚癡(ぐち)ともいう。愚痴,真理に対する無知,おろかさの心のことをいいます。

真理を知らず、物事の是非の区別がつかないこと」を示します。

私たちがよく思い浮かべる「愚痴」と言うと、仕方のない不平などを言う「愚痴をこぼす」ですが、仏教の「愚痴」は「真理を知らないこと」を示します。

この世は諸行無常であり、変転変化していくというのが絶対的な真理です。

「真理」をある程度理解していれば、そもそも自分や他人に変化に対する、執着の心は出たり、苦しみが生まれたりということが、減ってくると思います。

三毒を手放すには?

そもそも、仏教の三毒が意味しているのは、私たちの心の自然な動きです。

煩悩にまみれると、人生は苦しみに包まれてしまうので、仏教の三毒を意識して、仏教では煩悩をいかに減らすかということです。

三毒を完全に手放すのは、なかなか難しいのが現実です。

なので、「完全に三毒を手放す」と考えるのではなく、それらを「抑える」とか「制御する」と考えるといいと思います。

まとめ

仏教の三毒を抑えたり、制御したりするように意識していくと、人生の苦しみから、解放されていくと思います。

苦しみのない人生をゆったりと生きていきましょう。

タイトルとURLをコピーしました